つづきです。
ミニマルマンを見てくれた人の何人かに、
”あ、あの感覚分かりますよ〜〜”とかいわれた。
勿論、野郎である。
動きが素晴らしいとか、顔が美しいとか、そんな
感想ではなく、うえのリアクションをいただいた時に、
あ、つくってよかったなあ、とココロから思った。
ただ、ダンスをばりばりやってる数名のギャルたちが、
「いつあの人踊るのかしら〜〜」
とかほざいていたらしい。まあ、それも一興。わからんでもないし、そういうこと
目的にしてなかったし。。。
いずれにせよ、ギャルも、取り込めないほど、まだまだな
パフォーマンスだったのだとも思う。
この作品の空間、音のコンセプトは、
「たんたんと繰り返されすぎていく時間経過の中で、現れる空間のねじれ」
的なことになったのだが、
パフォーマーとして、とにかく、そういうふうでありたかったのである。
「誰にでも、どこにでもある日常の心理や行動」
一日は、いろんな時間と感情の起伏で構成されている。
そこを、客とシェイクハンドした状態をキープしながら、丁寧に探り、描写し、
時には、裏切りと逸脱をしたりして、ナビゲーションしたかったのかもしれない。
そこの感覚を、例のパフォーマンスグループは、
より豊富な構成で、より蓄積されたプロフェッショナルな技術で、よりぬかりなく演出していた。
この謙虚で好奇心旺盛な姿勢が有る限り、彼らは、どんどん世界に出て行くのだとも
思っています。